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世界遺産に向けて 2月

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「富士山を国立公園に、瀬戸内海を一大遊覧地帯にして、世界中から外国人客を呼び込めないものか」。
日露戦争が終わったころ、木下淑夫という鉄道官僚は、留学先の米国で、
そんな構想を立てて、政府に建白書を送った。
のちに現在のJTB創立の中心になった人物です。
大国ロシアと戦った後も諸外国は、日本を文明の未発達な一小国としか見ていない。
それを木下さんは残念に思ったという。
どうしたら日本を知ってもらえるのか。実際に日本に来てもらうのが一番だと考え、気宇壮大な
建白書を出したのは、外貨獲得というよりも世界から理解されないもどかしさからだったのでしょう。
瀬戸内などの観光開発は当てにしていたロシアからの賠償金が支払われなかったため頓挫。
それでも日露戦争終結から7年後の1912年にJTBの源流の「ジャパン・ツーリストビューロー」創設にこぎつけた。
欧米やアジアに案内所を次々に設け、和英両方で表示して売りだした外国人専用切符が人気を呼んだ。
日本を好きになってもらうことは今も外国人客誘致の大きな狙いだろう。
宿を手配してくれるサービス不備であるなどの声を外国人から聞くが、昔は外国汽船が入港すると船に電信でホテルの空室を知らせる細やかさがあった。
お金をかけずに日本のファンを増やすためできることは多いと、先人は教えている。